2003年東京国際女子マラソン 2003年11月16日 国立競技場発着

東京国際女子マラソンは、予想もしなかった結果で幕を閉じました。レース前の記者会見では、近年にない好調ぶりをアピールしていた高橋尚子選手が、後半まさかの失速。2時間27分21秒という、とても彼女のものとは思えないタイムで、2位となってしまいました。
高橋選手は、スタート直後から快調なペースで飛ばしました。下り坂ということもあって、最初の5kmのラップは16分14秒。ほかの選手は早々に引き離され、あっというまに先頭グループは、高橋選手とエチオピアのアレム選手の2人だけになっていました。ただ、アレム選手は「高橋選手についている」といった感じでしかなく、彼女はよく後半にスピードを落とすことから考えて、いずれ離れていくだろうと楽観視していました。
折り返し点が近づいてきても、2人の位置関係は変わっていませんでした。少しずつラップタイムが落ちているのが不安ではありましたが、向かい風が相当きつかったことで、それもやむなし、と思われました。勝負は折り返して、追い風に変わってから。今までの高橋選手のレースパターンからすれば、そうくるはずだ。だれもがそれを期待し、待っていたにちがいありません。
折り返し点を回った直後、予想どおり、彼女は一気にスピードを上げました。リズム感あふれる走りで快調にピッチを刻み、アレム選手をぐんぐん引き離していきます。「これでレースは決まった」私は当然のように、そう思いました。20kmから25kmのラップは16分37秒と大幅に上昇。前半の風によるロスを、後半どこまで取り返してくれるか…。過去の大会での彼女の走りが、脳裏に浮かびました。たった1人でゆうゆうと駆け抜けていくさまが、また見られるにちがいない。残りの15kmは、そんな彼女の姿を、ただ楽しめばいいのでした。
しかし、そのころすでに高橋選手の身体は、徐々に動かなくなりつつあったのでしょうか。私が最初に「おかしいな」と感じたのは、25kmから30kmのラップを聞いたときのことです。16分48秒というのが、「えらく落ち着いたタイム」に思えたのです。あのまま調子に乗ってスピードを保てば、当然16分30秒は切ってくるはずでした。それが、わずかとはいえ、下がってしまったのです。
東京は、最後の坂ゆえに「難コース」というイメージが定着していますが、実はそれ以外は、ほとんどが平坦な道ばかりです。常識的に考えれば、そんなところでスピードが落ちることはありません。ただ、気温が高く、風も思ったように追ってはくれないことから、そのあたりが影響しているのだろうと自分を納得させました。
素人目にはまだ、彼女の走りはそれほど変わっていないようでした。けれど、コースの要所要所へ先回りして声をかける小出監督には、あきらかに焦りの色が見えていたような気がしました。
異変がはっきりとわかったのは、35km地点のことです。この5kmのタイムが17分44秒にまで落ちたと聞いて、私は「なにかが起きている」ことを確信しました。これは、高橋選手のこれまでの走りからしたら、ありえないラップタイムだったからです。
彼女はあとで「脚が棒になった」と、そのときの自分の状況を説明しました。決してどこかを痛めたわけではなく、簡単にいえば、身体からエネルギーがなくなってしまったような状態…ハンガーノックというのだと、あとで知りました。身体の絞りすぎが、原因だったのでしょうか。ただ、今になれば少しは冷静に分析もできますが、レースを見ている最中は、どこかに重大な故障が起きたのだとしか、考えられませんでした。
ほどなく、後方からアレム選手がどんどん近づいてきて、並ぶ間もなくあっさりと抜き去りました。高橋選手が、自分の前に出たアレム選手ではなく、その後方に日本人選手が来ていないか、確認しようとする姿から、彼女にはもうほとんど余力が残っていないことがわかりました。
結局、35kmから40kmまでに、彼女はなんと20分17秒もの時間を要しました。力が入らない状態であの坂を上るとなれば、タイムの落ち込みは防ぎようのないことでした。ゴールタイムは前述した2時間27分21秒。最後の2.195kmをどんな状態で走ったのか…。ちょっと想像がつきませんでした。
ゴールした瞬間、彼女は驚くほどさわやかな笑顔を見せました。もしかしたら、脚かどこかの痛みで倒れ込むのでは?と危惧していた私には、ちょっと意外な光景でしたが、あとで原因を知って納得はいきました。ただ、笑顔の高橋選手に、なにか痛々しいものを感じてしまうのは、どうしようもなかったのですが…。
そのあとの、アレム選手へのおざなりな優勝インタビュー。そしてラドクリフ選手から高橋選手へのインタビュー。あれは、行わなければならないものだったのでしょうか。正直なところ、あまり見たいものではありませんでした。
高橋選手は今のところ、次の選考レースを走ることは考えられないようです。たぶん、力をあまりに使い果たしすぎてしまったがゆえでしょう。ただ、せめて2時間23〜24分くらいのタイムなら、「強風と気温の上昇の影響」という理由づけもできるでしょうが、27分台で代表に選ばれるには、かなり苦しいものがあります。大阪にエントリーする予定の顔ぶれからすると、複数の選手が20分前後で走ってもおかしくないからです。
大阪か名古屋へ代表権を獲りにいくか、それともこのまま「待ち」でいるのか…。もし走るとすれば、名古屋が有力でしょうが、今回のダメージがそれほどでもなければ、むしろ日程の近い大阪に参戦、ということも考えられます。名古屋だと、五輪本番まで4か月しかとれないため、ここで走って代表に選ばれても、アテネで好走できる可能性は減ってしまうからです。
高橋選手は、どのような道を選ぶのでしょうか。ゆっくり考える時間は、あまりないと思われます。

【事前のみどころ】
16日には、注目の東京国際女子マラソンが行われます。当然ながら高橋尚子選手に期待がかかるわけですが、「勝負」という点では、かなり物足りないものになりそうです。
早くから参戦を表明していた土佐礼子選手は、ケガで回避。山口衛里選手もまったく調子が上がらず、結局エントリーはしませんでした。唯一おもしろそうな存在だった小崎まり選手も、気管支炎で直前での欠場が決定となると、高橋選手を止められそうな選手は…少なくとも日本勢にはいないみたいです。外国勢では、アレム選手くらいかなー。アトランタでの快走が懐かしいロバ選手は、ここのところ全然成績が出せていないようなので、苦しいでしょうし。もしかして、スタート直後から高橋選手の独走状態になったりして。

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