2004年東京国際マラソン 2004年2月8日 国立競技場発着

五輪切符を争う二つ目(世界陸上を入れると三つ目)のレース、東京国際マラソンは、思いもよらぬ選手(失礼!)が日本人トップの座を勝ちとりました。
レースは、ちょっとした波乱で幕を開けました。優勝候補の一角でもある清水康次選手が、スタート直後に転倒。一気に最後尾まで順位を下げてしまいます。清水選手は、その後なんとか先頭集団に追いつきはしましたが、あまり調子の良くなかった(らしい)うえに、このアクシデントが重なって、すっかりリズムを崩してしまったようでした。
レース自体は、ペースメーカーが最初から5kmを15分そこそこで引っぱってくれたおかげで、快調に進みました。かなりのハイペースにもかかわらず、大人数が先頭集団を形成し、遅れる選手はそれほど見当たりません。
有力選手のなかで一番最初に遅れていったのは、元日本記録保持者の犬伏孝行選手でした。10kmも行かないうちにあっさりと後退。この4年間故障に悩まされ続け、ようやくスタートラインには立ったものの、やはりまだ満足な仕上がりには遠かったのでしょうか。
そしてレースは中盤20km。ここでまたもやアクシデントは発生しました。今度は浜野健選手が靴を踏まれ、はき直しているあいだに大きく遅れをとってしまったのです。浜野選手は少しずつ追いついたものの、影響は免れませんでした。これも、先頭集団の多さが原因で、仕方がないともいえますが、やはりこういう後味の悪い出来事はなるべく起こってほしくないものでした。
そしてその直後、最後尾につけていた清水選手が、ずるずると遅れ始めます。ここが限界だったのでしょう。このあたりから、目立って先頭集団の人数は減っていきました。25km手前で帯刀秀幸選手、五十嵐範暁選手、岩佐敏弘選手が脱落。それまでは必死でついていたのか、いったん遅れ始めるとあっというまに差が開いていきます。そしてついにはエリック・ワイナイナ選手までペースダウン。25kmを過ぎてからは梅木蔵雄選手、間野敏男選手が遅れ、27kmではアクシデントの影響か浜野選手も下がり、招待選手はのきなみ姿を消してしまいました。集団の人数はかなり絞り込まれてきていました。
しかし、その中で唯一、終始先頭集団の前のほうにつけていたのが、大崎悟史選手でした。招待選手に名を連ねていたのは知っていましたが、これまでさほど目立った活躍のない選手で、完全にダークホース的な存在でした。少なくとも、私の中では優勝候補に挙げてはいませんでした。しかし、レースを動かしたのは、まぎれもなくその大崎選手だったのです。
30km手前、大崎選手はスピードを上げました。集団が、あっというまに縦に長くなる…というよりは、バラバラにちぎれていきます。なんとかついていた西田隆維選手も、ここで落ちました。レースは、先頭を行く大崎選手、2位で追うダニエル・ジェンガ選手、3位集団を形成する一般参加(有力選手ではあったのですが)の佐藤智之選手とキモンデュ選手、そのすぐうしろにこれまた一般参加の中崎幸伸選手…という状況になっていました。
大崎選手はその後も快調に飛ばし続けます。「これは、このまま優勝か?」と思われた、そのあたり、35km付近からでした。大崎選手のペースが、目に見えて落ちてきたのです。その証拠に、追ってくるジェンガ選手の姿が、画面で徐々に大きくとらえられるようになってきていました。
ただ、差は思ったほど一気には詰まりませんでした。10秒弱の差を保ったまま、レースは推移します。ジェンガ選手とて、そう体力がありあまっているわけではなさそうでした。
トップと2位のあいだは膠着状態が続いていましたが、そのうしろでは、少し変化が出てきていました。佐藤選手が苦しそうな表情になり、ほどなくそのうしろにつけていた中崎選手にとらえられ、順位はあっというまに入れ替わりました。3位争いは、中崎選手とキモンデュ選手に絞られた、と思われました。
トップを行く大崎選手は、どうにか坂を上り終え、ジェンガ選手も間隔を保ったまま続いていました。ただ、ジェンガ選手は、少しずつ少しずつ、差を縮めているようにも見えました。
そして、41km。ここでジェンガ選手は、一気にスピードを上げました。あっというまにその差が詰まっていきます。あっけないほどすぐに、ジェンガ選手は大崎選手に追いつきました。そして、しばらくはうしろについて呼吸を整え…そうこうするうちに、2人はすでに、競技場の手前までやってきていました。
ここでジェンガ選手選手は大崎選手のとなりに並んだかと思うと、ほとんど間をおかずに前へ出ました。下り坂を利してのスピードアップ。しかし、大崎選手はつけません。ジェンガ選手はどんどん差を広げていき、ここでようやく勝負は決したのでした。
ゴールタイムは2時間8分43秒。大崎選手は3秒遅れの2時間8分46秒。2時間以上も走ってきて、勝負はたった3秒でついてしまいました。3位にはキモンデュ選手が入り、中崎選手が4位、佐藤選手が5位と、一般参加選手が上位を占めました。日本人の招待選手で、10位以内に入ったのは大崎選手のみ。「総崩れ」の感を強くする結果となってしまいました。
全体的なレースの印象としては、最後の7.195kmでずいぶんとラップを落としたなーというところでしょうか。5km15分のペースではやはりきついのか、勝負どころの坂のはるか手前で脱落する選手が多かったし、ジェンガ選手、大崎選手ともいっぱいいっぱいに見えました。
ただ、やはり自分から果敢にスパートを仕掛けた大崎選手は、アテネの有力候補として名乗りをあげた…と見ていいでしょう。スパートした時点で「足が残っていた」ことは、力のある証拠だと思います。ただ、優勝ではなかったのがどう響いてくるか…というところですが。とりあえずは、「びわ湖次第」ということになりそうです。
ちなみに優勝したジェンガ選手は、仙台育英高校の、たぶん1番か2番目くらいにやってきた外国人留学生です。都大路を走る姿も思い出深いのですが、私はむしろ、高校卒業直前のクロスカントリーの試合のほうが、印象に残っています。ちょうど今の季節に行われた大会で、一般の部に参加し(ちゃんと「高校生の部」もあった)、なみいる実業団選手を押しのけて見事に優勝したのです。
強いだろうとは思っていたけれど、日本の一線級の選手にも勝ってしまうとは予想していませんでした。仙台育英のやり方は、はっきりいって好きじゃないけれど、でもジェンガ選手の実力は本物だと思いました。
そして、そのときの解説で、いろいろと中傷されたこと、走るためだけに来たのではなくて、勉強なども非常にがんばっていることを知らされました。こういう才能ある選手にチャンスを与えられたのなら、それはそれで良かったのかもしれない、と思うようにもなりました。
そういう選手が、じっくりと力をつけてここで花開きつつあるのは、喜ばしいことだなーと、素直にそう感じます。こうなると、ケニアの五輪代表がだれになるのかも、興味がわいてきました。なにせ長距離王国のこと、有力選手はひしめきあっているでしょうから。

【事前のみどころ】
今回の東京は、有力選手がびわ湖のほうに集まってしまったことで、イマイチ盛り上がりに欠けているような気がするのですが…。優勝は、外国選手がさらっていきそうな感じがします。ワイナイナ選手(五輪銅)や、ジェンガ選手(2時間6分台)も出ますからねー。
日本人では、ベテラン・清水康次選手のがんばりに期待したいところ。あと、シドニーの途中棄権以来、あまり名前を聞かなかった犬伏孝行選手の復活具合も気にかかります。浜野健選手、五十嵐範暁選手、梅木蔵雄選手なども、安定して9分台を出している選手なので、ひょっとしたら福岡の国近選手のようになる可能性も。果たして、アテネの有力候補に名乗りを上げる選手は出てくるでしょうか。

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